本町駅(御堂筋線)徒歩1分!ストレス、苦しみ、心の病? カウンセリングも京大卒医師が自ら行います(保険完全適用)

 

  開院:11:00 (10:00)~19:00
 予約制
 休診:日・月・祝日

 



 

adhd.co.jp
HOME»  僕のピアノ武者修行記

 僕のピアノ武者修行記   

  新入会のさめじまあきおです。 よろしく。 中2の時『どくとるマンボウ昆虫記』に出会い、一生が決まりました。
  趣味はピアノ演奏。 小学校低学年以来、50歳を過ぎて再開。 「一億円使って成った」と言う私のプロの先生(熟女)は、私に「絶対音感がある」とおっしゃる。
  しかし絶対音感の定義を「音叉(おんさ)ナシでピアノ調律できること」とするなら、私は「絶対音感の相対性理論」者です。 乳幼児期に音感を叩き込んでも、体調により、また音楽から長く遠ざかれば、数Hzのズレは生じる。 しかし放送番組の音楽からわが肉声へ、肉声からピアノへ、TVのチャネルのCMソングからチャネルへ同じ音感を持ち運ぶ遊びはキャンドル・リレーのように楽しい。
  『ソナチネ・アルバム』の曲たちは私に涙の味と夕陽の光を思い出させる。 物心ついてピアノなど「スカートをはいた女子のやるべきもの」とイヤで嫌でならなかった。
  『バイエル』を弾いた記憶はない。 幼稚園から弾かされていたと思う。
  小学生の時、御影石のみかげから、大阪本町の仏教系音大、相愛大学の「子供の音楽教室(1955年開設)」に独りで通わせられた(阪神電車が淀川鉄橋を渡る時間の長かったこと!)。 今の職場とのご縁と言うべきです。
  母が私にピアノを無理矢理DV的に習わせたのは、米軍に農地改革で土地を奪われた斜陽族の怨念からだと考えます。
  高2で音楽と縁が切れ、「音楽は得意だが嫌いだ」とうそぶいていました。 音楽のCDは買ったこと無し、ピアノを再開してからはプロの演奏はFMでも一切聞かない。 自分でやる方が楽しい。 医療や勉強と、使う脳の場所が違うので、多少疲れていても弾けます。
  先生との出会いの肝心な所は、当時旧約聖書の魔力に取り憑かれ眼がランランと輝いていた私が、苦悩と表現のオーラを発していた先生に出会って声をかけたのがキッカケです。
  『平均律クラヴィーア曲集』は音楽における旧約聖書と言われ、「どうしても、片手だけからでもいいから教えてくれ」と、ピアノの再開を強引に始めた所、その第1番が奇跡的に容易でしかも深い曲だった。 この、そっと置かれた神の計らいとでも言うべきものが無ければ、今もピアノは続いていなかったでしょう。
  「年下の友を作れ」と言うのがモットーです。
  先生も「♪としし~たのオバチャマさ~」。 「近所で噂が立たぬように時々はポロンポロンと鳴らさないとあきませんな」と、ジャスミン・ティーをお代わりし、カッパえ○せんを頬張りながら駄弁っています。 仁川で。

  レンガ積みバッハの家の成るように
              ピアノを弾きて生(お)い育ちけり
  音符に付す指番号は名演への
              か細き小蹊(みち)と知り初(そ)めにけり
                     (ともに さめじまあきお作)
 
(大阪市中央区東医師会誌162号 寄稿)(2011.12.1)・・