本町駅(御堂筋線)徒歩1分!ストレス、苦しみ、心の病? カウンセリングも京大卒医師が自ら行います(保険完全適用)

 

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9.読経療法【SCT】 から認知行動療法的カウンセリングへ

「駆け込み寺」という言葉を聞かれたことがおありでしょう。現代で言うカウンセリングの働きを、昔のお坊様たちは行っていました。それがいつのまにか、葬式仏教になってしまいました。江戸時代の檀家制度制定に追い討ちをかけて、明治維新直後の1868年に「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」ということが行われたのです。仏教を廃止し、釈迦を毀(こわ)すという意味です。国が「欧米列強に負けてはならぬ、追いつき追い越せ!」とばかり富国強兵・軍備拡張の植民地政策のため、天皇を中心の柱の神として据え、日本全国の神社を組織して国家神道(しんとう)というものを作ったのです。そこで「さわらぬ神(=1945年以前の天皇)にたたりなし」といって、仏教者たちは宗教活動を自制してしまった、その名残が今でも尾を引き、法事と観光客相手の仏教になってしまったのです。太平洋戦争に向かう時代に弾圧されたのは、『蟹工船』の共産党だけではありませんでした。

私は1970年に民俗学の旅をし、鹿児島県三島郡黒島という離島を訪れたことがあります。そのとき村長をしていた古老から村の神社の神楽歌を教わりました。何回か古老の家へお邪魔しているうちに、ある日、縁の下に埋めてあった仏具を掘り出してきて見せてくれました。それは仏舎利(お釈迦様の骨)を納めた容器でした。「神社は大っぴらに、仏教はひそかに」。明治時代の東京の皇国史観が、現代のさいはての地まで敷かれていることに驚いた経験があります。神道を奉じる薩摩藩の廃仏毀釈は特に厳しかったと文献にあります。

今の普通のお坊様も、こちらから喰らいついていったら悩み事の相談に乗ってはくれるでしょうが、忙しそうにあしらわれそうですね。

そこで読経療法では、希望する人なら誰にでも、時間をかけて読経を教え実践し、特定の宗派にとらわれずにカウンセリング・よろず相談を行い、必要があれば心療内科医への紹介も行うかたちが望ましい。「すべて悩みのある人・疲れた人・重荷を負ってあえいでいる人は私のもとに来なさい、休ませてあげよう」というふうに。

また読経療法では、「効いた・効かなかった・少し良くなった気がする」というような主観的判断ではなく、ストレス・チェックリストという質問紙を用いて、「自分がどれだけのストレスがかかった状態にあるか・そしてそれがいかに改善されたか」を日にちを追って、客観的に30点満点のスコアで経時的に評価していきます。

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《 CBTの研修を経て達している私のカウンセリング 》

カウンセリングとは治療者がフォーカスを絞った、みずからの長い助走ののちに来談者と出会い、
お話し合いという長い伴走によって方向づけられる、あなたの生活への跳躍です。
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大智は愚のごとし。 Aaron.T.Beck は経験知によって語る。大賢は愚なるがごとし。
頓知の小回りが利く才走りの私が太刀打ちできるお方ではありません。
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○ 宗教からおいしいところを盗むマインドフルネスへの疑問
伝統的な宗教ではケジメ、気締めの節目Timing,Place,Occasionを沢山用意しています。
わずらわしさから自由なマインドフルネスとは、気張るキッカケを欠く、屁の突っ張りにも
ならない空、うつろ、emptinessではないでしょうか。